以下は、ある法律相談会に申し込んだ人に送られてきたメールである。
北原健二様
RST法律事務所の田中良平と申します。
昨日、当事務所の「無料法律相談会」にメールにてお申し込みいただきましたが、ご予約は電話のみとさせていただいております。お手数をおかけいたしますが、再度お電話にてお申し込みくださいますようお願いいたします。その際、ご相談内容についての簡単な質問をさせていただきますのでご了承ください。
なお、平日夜の時間帯は大変込み合いますので、お早めにお申し込みくださいますようお願いいたします。
RST法律事務所 田中良平
電話:031-234-5544(平日10〜17時)
メールアドレス:rtanaka@rst-houritsu.co.jp
ホームページ:http://www.rst-houritsu.net/consult/html
井上ひさし(注1)さんが、「エッセイとはすなわち、自慢話である」といったことを書いていらしたのを、以前読んだことがありますが、私はその文を一読した瞬間、「あああっ!」と叫んで赤面(注2)したのでした。
エッセイ=自慢、とはまさにその通り。エッセイを書く仕事をしている私は、心のどこかでそのことを感じつつ、気付かない努力をしていた気がする。
しかしそのようにズバリ言われると、「私は今まで、自慢話によって、口を糊して(注3)きたのだなぁ」ということが、明確に理解できるのです。
(注1)井上ひさし:日本の小説家 (注2)赤面する:顔が赤くなる (注3)口を糊する:ここでは、生計を立てる
人間の社会的な日常生活は、無数の暗黙の約束を相互に共有することで成り立っています。暗黙というのは、そうした約束が明瞭に意識されたり、どこかにはっきり書かれているわけではないということです。習慣化し、なかば無意識的に守られている社会的な約束事の海に、共に浸かっているから、われわれはこの世界の中に安心して毎日生きていられるのであり、これから何が起きるのか、自分はどう行動したらよいのか、一々思い悩まずにいられるわけです。
白色度というのは物理的な指標であって感受性の指標ではない。したがって白色度が高いというだけでは白は印象づけられないのである。咲き乱れる花々の印象は真っ白でも、その背後にコピー用紙程度の紙を置いてみると、花そのものの白は紙の白さほどではないことに気付く。花弁(注1)は淡い色を含み水分をたたえた(注2)重たい白である。しかし咲き誇る花々が僕らの心に届けてくる白は鮮烈に白い。
(注1)花弁:花びら (注2)たたえる:ここでは、含む
市場の製品のほとんどに何らかのマークが付いています。それに気づく人は少数であり、その意味を知ろうとする人は更に少数でしょう。見方によればこれは①市場の健全さの表れです。製品が満足なもので取引がスムーズなら問題は起こらないでしょう。しかし、中には使用者に損害を与えたり危険にさらしたりする製品もあるのが現実です。
成熟した社会では、公共の利益に反する製品を市場から排除するために様々な仕組みと手段が使われていますが、製品に付けられている「適合マーク」もその一つです。これは製品が何らかの基準に適合していることの証明であり、製品の供給者から購入者及び使用者に情報を伝える手段です。適合マークは、業者間の取引における要件として、また、消費者の購入判断を助ける手段として古くから使われてきましたが、それらは主に地域社会のツールであり、意味や使い方は地域社会のルールでした。
この事情は1980年代に一変します。市場のグローバル化により、見知らぬマークを付けた外国製品が各国の市場に溢れたからです。(中略)
適合マークが②本来の機能を果たすには、そのマークが多数の人々に認知され、意味が正しく理解されていることが必要です。また、マークが伝える情報の信頼性を支える適合性評価が適切に行われたことの証拠が必要です。そこで、ISO(国際標準化機構)は1996年に適合マークに関する検討グループを設置し、問題の分析と解決策の検討を開始しました。
以下は、ある日本企業の経営者が書いた文章である。
現状維持でいい。そう思った途端、進歩は止まる。外の世界では、絶え間ない進化と発展が続いている。何もせずに同じところにとどまっているのは、じつは最大のリスクなのである。
この国にもう、安全、安心、安定はない。自分は人生をどうしたいのか、会社をどう変えたいのか、この国をどうすべきか……一人ひとりが日本の置かれた現実を直視しながら、志高く毎日を真剣に生きないかぎり、未来も変わらない。
そう言うと多くの日本人は反射的に、次のように思うかもしれない。
(中略)「どうすればいいか、もっと具体的に教えてほしい」
とりあえず「見本」のようなものがないと、何をやったらよいのか、見当がつかないのだろう。
しかし、それぞれが置かれた状況によって、すべきことが異なるのは当然。ある人にとってはプラスのことが、別の人にとってはマイナスにつながることもあるかもしれない。
そもそも私は、ノウハウ本なるものをまったく信用していない。そこに書いてあるのは、過去の成功法則でしかない。それをもとに時代に合致した新しい法則を考えるというのであればまだよいが、過去の成功例をそっくり踏襲して、うまくいくはずがない。
いずれにせよ、情報が瞬時に世界を駆け巡るグローバル時代では、そうした成功法則は、あっという間に陳腐化(注1)してしまう。
ただし、時代が変化しても普通的に通用する「考え方」というものなら、あるかもしれない。もちろんそれにしても、世の趨勢(注2)に影響されないことはない。しかし自らの視点があるかないかで、目の前の風景はまったく変わってくる。
(注1)陳腐化する:ここでは、古くなる (注2)趨勢:動向
ぼくらは、自由という言葉にある重さを感じる。自由と勝手とは似て非なるもので、自由を与えられると、その尊さ故にどう扱っていいかと緊張するのである。そのように教えられたわけではないのだが、その解釈する感性が少なくとも備わっていたということだろう。
日常の仕事のことでもいい、ちょっと思い返すと、①それが実感できる。
②自由におやり下さいと言われると、無邪気に、あるいは無責任に、これは楽だと思えるだろうか。
自由におやり下さいの自由は、あなたの思うままお好きな世界を構築して結構ですという、全幅(注1)の信頼や神の如き好意ではないのである。
もっとつき放している。お手並み(注2)拝見という底意地の悪さもある。だから、言われた側の本心としては、自由にやらせていただけるのですかと、感動のリアクション(注3)を示しながら、実は大して期待していないな、要するにあてにされていないなと思ったりするのである。
それもこれも、自由という言葉の持つ重さと、それを使いこなす困難さを知っているからである。だから、ぼくらは若い時、自由に書いて下さい、自由に解釈して下さい、自由に生きて下さいと言われると、捨てられたような戦慄を覚えた(注4)ものである。
自由に善玉、制約は悪玉だと伝えられているが、制約を示された方が人は安心して生きられるところもあるのである。
(中略)ぼくは、自由を理解し、自由を享受し、自由を主張するためには、無免許であってはならないと思っている。少なくとも許されることと、許されざることの判別が可能な人だけに交付されるべきなのである。
(注1)全幅:最大限 (注2)手並み:技量 (注3)リアクション:反応 (注4)戦慄を覚える:ここでは、ひどく恐ろしいと感じる
アジアであれヨーロッパであれ、あるいは、三日であれ1カ月であれ、旅から帰って成田空港(注1)に着く。(中略)
私はいつもバスではなくて列車で家まで帰る。
都心に向かう列車には、旅から帰ってきた人と、これから旅する人たちが乗っている。話している人たちがいても、不思議に静かだ。帰る人の疲れと、旅する人の緊張が混ざり合ったような、ほかの路線ではなかなか味わえない静けさである。
列車がトンネルを出ると、私は窓の外の景色を見る。空港からしばらくは、田園風景が続く。彼方まで続く田んぼは、季節によって一面の緑だったり茶色だったり、はられた水が空を映して青かったりする。山々が、遠くに見えたり近くに迫ってきたりする。冬枯れの景色でも、緑濃い初夏でも、自然の色彩が非常にやわらかいことに毎回あらためて気づかされて、そうして、帰ってきたなあと実感する。
アジアにもヨーロッパにもそれ以外のどこにでも、ゆたかだったそうではなかったりする自然がある。田舎を旅すればむせかえるような(注2)緑のなかを歩くことになる。見慣れた田んぼとそっくりな光景を見ることもある。葉の落ちた木々が針のような枝を空に突き刺す景色に見とれることもある。緑の多い町だ、とか、水墨画(注3)みたいだ、とか、その程度の感想は抱くが、その色彩についてとくべつ何も思わない。
帰ってきて、車窓から景色をみて思うのだ。この国の色彩は本当にやわらかい、と。木々の緑も、四季(注4)に即した山の色も、川も空も。旅先で見てきた木々や空や海といったものが、なんと強烈な色を放っていたのかとこのときになって気づく。
窓の外に緑が少なくなって、次第に家やビルが増えてくる。都心が近づくにつれ、どんどん建物や看板が増えてくる。さっきより「ああ、帰ってきた」がもう少しふくらむ。都心の、空の狭い、ごたついた(注5)風景をきれいだと思ったことは一度もないけれど、でも、帰ってくると毎回近しく(注6)思う。好きとか嫌いではなくて、私に含まれているかのような近しさを覚えるのだ。
先だって、成田空港まで人を迎えにいった。旅のにおいをまだ濃厚に漂わせている人を到着口に迎え、いっしょに列車に乗り込んだ。旅の話を聞きながら、窓の外を眺めていて、ちょっとびっくりした。旅から帰って見る景色とぜんぜん違う。退屈な、見るべきところもない田園風景が広がっているのである。そうか、旅のあとじゃないと、ただの日常の光景なのか。都心が近づいてくる。窓の外に私が見ている光景と、旅から帰ったひとから見ている景色は、まったく違うんだろうなあと思った。
旅というのは、空港に着いたときに終わるのではなくて、周囲の景色が、わざわざ目を凝らすこともない日常に戻ったときに終わるのだと知った。
(注1)成田空港:日本の国際空港 (注2)むせかえるような:ここでは、圧倒されるような (注3)水墨画:墨を使って、白黒の濃淡で描かれた絵 (注4)四季に即する:ここでは、四季によって変わる (注5)ごたつく:ごちゃごちゃする (注6)近しい:ここでは、心理的に近い
A
子どもたちが社会全般のあらゆる分野に関心を向けようとするとき、まんがはその垣根を低くしてくれる。これは、まんがというメディアの強みだと思う。気軽に手にしたマンガをきっかけに、知的好奇心が刺激されたりすることもあるだろう。正味15分たらずの休み時間、まんがの世界に入り込んでいた子どもたちの横顔を思い出す。まんがならではの魅力があることも確かだ。魅力は堪能してほしいし、強みは学校図書館活性化に利用したい。
まだ人生の入り口ともいえる小学生。彼らを多様なメディアの魅力に出会わせたいという思いと、学校図書館が彼らにとって魅力的な場所であってほしいという思いがある。
だから小学校でも(制約は多くても)選書(注)のアンテナはマンガにもはっておいてほしいと、職を離れたいまも思っているのである。(若葉千佳子『子供の本棚』2007年12月号による)
B
マンガを他の本と区別して考える方向は間違っているといえる。マンガを図書館に置くことによって、子どもは勉強しなくなるという神話から決別すべきである。学校図書館としては、絵本や写真集、童話や物語などの本の読み方を教えるように、マンガやアニメについてもその見方や特性を教えなくてはならないし、そのことを通して適切な学習資料を適切な場面で活用するようになると思われる。(中略)
学校図書館の担当者は、図書購入に際して、直接学習に役立つ図書だけを購入するのでなく、長い目で見て子どもたちの学習や人格形成に役立つ図書も購入するゆとりを持つことが大切である。(渡部康夫『現代の図書館』第192号による)
(注)選書のアンテナを〜にはる:ここでは、本を選ぶために〜に関心を向ける
現代は、「発明は必要の母」となった時代である。あるものが発明されると、企業はさまざまな余分の機能をあたかも必要不可欠とばかり付加して製品を売り込もうとし、人々はその機能がいかにも前から必要であったかのごとく錯覚して購入するからだ。発明が欲望を刺激し、欲望が人々を消費に走らせ、消費が新たな必要性という幻想を生み出すのである。その結果、本来必要でなかったものにまで飢餓感を募らせ、無限に便利さを追い求めるという悪循環に陥る。このように企業の戦略と人々の欲望が結びついて、ひたすら「幸福」を求めようとする構造が①現代という時代を象徴している。ケータイがその典型である。
そんな時代に「幸福」を考えるとすれば、この欲望の連鎖をどこかで断ち切るより仕方がない。いや、発明というような新技術には目を向けず、むしろそれらと縁を切って積極的に時代遅れになるということに「幸福」は求められるのではないだろうか。テレビは置かずにCDでモーツァルトや落語を聞き、パソコンはインターネットに手を出さずワープロ機能だけにする。クルマは持たずに公共交通機関のみを使う。ケータイは家族にしか番号を知らせない。欲望を他者との関係に求めず、自分の内部からの声を汲み上げ、何かを創り出すことのみに時間を使う、そんな生活にこそ「幸福」がありそうな気がする。
むろん、そんな修道僧(注1)のような生き方は現代では②不可能である。電子メールでは誰とでも簡単につながって対話できる。インターネットで買い物をし、ブログ(注2)で自分の意見が自由に出せるのは新しいテクノロジーがあってこそである。テレビからの情報は日常会話に欠かせないし、電話での長話も楽しい。クルマがあればいつでも好きな場所に行ける。パソコンもテレビもケータイもクルマもない生活は考えられず、これら文明の利器(注3)は私たちを誘引(注4)して止まないのだ。③そこに「幸福」はないと実は誰もが知っていても、便利さと効率性を棄てきれないのも私たちなのである。
とすると、どこかで妥協することを考えねばならない。断ち切るところと利用するところを使い分けるのである。私のやり方は比較的単純で、余分な機器を持たず、持っても時間を区切るか場所を限るかして欲望を抑制することだ。(中略)そのようにして生み出された時間を自分のために使うのだ。それが私の「幸福」への接近法なのである。
(池内了『生きのびるための科学』による)
(注1)修道僧:修行中の僧 (注2)ブログ:日記形式のホームページ (注3)利器:便利な器具 (注4)誘引して止まない:ここでは、絶えず引き付けている
CPJカードのご案内
カードの種類:A(お申し込み資格:30歳以上(注1)/年会費ご本人:10500円、ご家族:お1人1050円/ご利用可能枠:最高500万円/旅行保険国内:最高5000万円/海外:最高8000万円)
カードの種類:B(お申し込み資格:18歳以上29歳以下(注1)/年会費ご本人:3150円、ご家族:お1人420円/ご利用可能枠:最高300万円/旅行保険国内:最高5000万円/海外:最高5000万円)
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カードの種類:D(お申し込み資格:18歳以上/年会費ご本人:1050円、ご家族:無料/ご利用可能枠:最高200万円/旅行保険国内:最高2000万円/海外:最高2000万円)
(注1):学生は除きます
お申し込み方法
1、インターネットまたは電話で資料をご請求ください。
2、資料が到着しましたら、入会申し込み書にご記入のうえ、本人確認書類を一緒にご返送ください。(Dカードをお申し込みの方法は、学生証のコピーも同封してください)
3、当社に入会申込書到着後、一か月前後でカードを発行いたします。当社の判断で、ご希望に添えない場合もございます。
本人の確認書類は、次のいずれか1点のコピー(お名前、生年月日、現住所の記載面)をご用意ください。
(1)運転免許をお持ちの方は、必ず運転免許証
(2)運転免許をお持ちでない方は、以下のいずれか1点のコピー
1.パスポート 2.健康保険証 3.住民票 4.在留カードまたは特別永住者証明書
注2 (1)もしくは(2)に書かれた住所と入会申込書の現住所が異なる場合は、現住所が記載されている以下の書類のうち、いずれか1点のコピーを併せてご提出ください。
a.公共料金(電気、ガス、水道のいずれか一つ)の領収書
b.社会保険料(健康保険、年金など)の領収書
c.税金を納めた時の証明書
男:あのう、市が開催している文化教室に参加したいと思ってるんですが。
女:どのような分野にご興味がおありですか。
男:この地域の歴史や文化を学べるようなのがいいかと思って。
女:そうですか、いくつかありますが、ご希望の曜日や時間帯はありますか。
男:仕事から帰るのが平日は夜七時以降になりますね。週末は基本的に参加できます。月に1、2回ぐらいのものがいいですね。
女:では、こちらの一覧をご覧ください。昔の暮らしを学ぶ会というのがありますが、この土地の古い文献を読んで昔の暮らしを学ぶ活動です。月に2回やっています。あ、これ、水曜の6時からですね。それから祭り保存会っていうのが7時からあります。月に2回、金曜日に集って、このあたりに伝わる祭りの由来について勉強したり、踊りを練習したりします。毎年、まつりの時は、保存会の皆さんが踊ってくださるんです。
男:ええ、楽しそうですね。
女:週末ですと、土曜日の午後に歴史名所クラブがあります。歴史上の名所や史料館などを見学します。こちらは月に1回です。そのほかに、民話に親しむ会というのがあって日曜日の午前中に毎週やっていますよ。ここは3ヶ月に2回、一泊2日で民話に出てくる土地を訪ねる旅をしています。
男:どれも面白そうですね。でも、遅刻はしたくないし、体を動かすのはすきだけど、人前で踊るのは恥ずかしいし、泊まるのもちょっとなあ。そうすると、これですね。
女1:再来月開催する講演会ですが、講演を願いしようと思っていた山田先生、その時期は海外へ調査に出かけられるそうなんです。どうしましょうね。
男:ええ、山田先生は経営学の分野では第一人者ですし、会員からもお話を伺いたいという声が多いんですよ。日程を変更してもう一度お願いするということはできないんでしょうか。
女1:でも、これから、別の日程で会場を抑えるのは無理です。
女2:そうですね。
男:じゃ、異例ですけど、事前に講演を録画して当日会場で上演するというのではどうでしょう。
女1:うんん、講演は一方通行じゃなくて、参加者と質疑応答ができる形にしたいわね。
男:じゃ、山田先生に同じ分野の著名な方をどなたかご紹介いただいたらどうでしょう。
女1:それなら、一層のこと、違う分野の大家にお願いしてはどうでしょうか。例えば、環境学の先生をお呼びするとか。
男:それはいくらなんでも飛躍しすぎでしょう。
女2:まあ、違う分野との連携も大切だと思いますけど、それは今後の課題として、今回は山田先生にご相談しましょう。
アナウンス:えー、今日は山中町で今人気の観光コースを四つご紹介します。
コース1は山中町のシンボルとして親しまれている登山電車で、文字通り山の急斜面をのぼります。来週半ばころから、ちょうど山のさくらが満開となりますから、お勧めです。
コース2は、蒸気で走る汽車で、山中町と隣町の間を往復するツアーです。今はなかなか見る機会がない蒸気機関車です。煙を吐きながら力強く走る姿が大変人気です。
コース3は、ロープウェーで山を越えて湖へおりていきます。山中町の谷の間をのぼり山頂を越えると、目の前に突然湖の景色が広がります。
コース4は、船で湖を一周します。船に乗って湖から山中町の雄大な山並みをゆったり親しむことができます。
女:山中町ってちょうど来週の三連休に二泊三日で私たちが行くとこでしょう。いろいろ楽しみそうね。私、空中から谷や湖を見下ろすっていうの、興味あるなあ。
男:うん、でも、高いところは苦手なんだ。できれば湖から山を眺めるってほうにしたいけど、どう。
女:そっか、高いとこ、苦手なのは忘れてた。でも、確かに天気がよければ水面に山が映ってきれいかもしれないね。
男:じゃ、旅行の二日目に乗ろうよ。初日は着くのが夕方になるから、移動だけだし。天気予報によると、二日目までは晴れられるらしいから、きっと楽しめるよ。三日目からは天気が悪くなるんだって。
女:そうなんだ。でも、電車なら大雨じゃないかぎり、止まらないよね。山中のシンボルははずせないよ。
男:うん、桜も見たいし、機関車も乗ったことがあるから、今回はいいよね。